持続可能性や気候変動など、自然を活用している私たちアウトドア業界も他人事ではありません。「SDGs未来都市」に選定された札幌市の取組を中心となって推進している環境局環境政策課の佐竹輝洋氏にお話を伺いました。
環境意識の変化と気候変動の影響
― 経歴を教えてください
佐竹 大学時代は生物学を学んでいました。札幌市役所に入り、衛生研究所という部署で空気や土に含まれるダイオキシンという環境ホルモンを分析する仕事を担当していました。そこで環境問題に関心を持ち、2008年から環境局に来て、もう15年ほど環境分野で働いています。
― 15年間で世界はどのように変化しましたか?
佐竹 2008年というのは、日本の温室効果ガス排出量を1990年比で6%削減しようという京都議定書の約束年が始まった年でした。当時はCO2を削減するには設備投資等に費用がかかり、経済が停滞してしまう、と言われていました。それが、2015年にパリ協定が採択され、2050年にはカーボンニュートラルを目指す、CO2を削減しながらもGDP成長できるという考えが広がっていました。
一方で、その頃から気候変動の影響が顕著に出てきたかと思います。
― 道内ではどのような影響がありましたか?
佐竹 2016年8月には3個の台風が北海道に上陸し十勝方面など各地で大きな被害が出ましたし、雪不足でスキー場がなかなかオープンできないという事例が現れてきました。
― 雪が少ないと札幌の雪まつりにも影響が出ますね?
佐竹 はい。これまでは(雪まつり開催に際して)定山渓や札幌近郊から雪を集めていたのですが、質の良い雪が不足しています。例えば滝川の近くまでいかないと雪が集められないとなると、コストが2倍以上かかるという試算もあって、そうなると、雪まつり自体の開催が危ぶまれる可能性すらあります。気候と観光は非常に密接な関係にあると考えています。
持続可能な社会に向けて
― 気候変動が目に見えて普段の生活に影響している中で、「SDGs未来都市」札幌としてどのような取り組みをされていますか?
佐竹 まずは気候変動に対する目標を定めることとし、2050年までに市内のCO2排出量を実質ゼロにする「ゼロカーボンシティ」を2020年2月に宣言し、そのために、2030年のCO2排出量を2013年と比べて59%削減するという目標を設定しました。
― CO2排出量を減らすために、具体的にはどのような方法がありますでしょうか?
佐竹 北海道は冬が非常に寒く一般家庭では暖房エネルギーを本州の3倍くらい使いますので、住宅の断熱・気密性能を高めて少ないエネルギーで暖房できる家を作ることが重要であることから、「札幌版次世代住宅基準」をという住宅の独自基準を設けて推進しています。いま札幌で建てられている新築住宅のおそらく7割を超える住宅が、国のゼロエネルギーハウス基準を超えています。
また、札幌駅から大通公園を少し超えたあたりのエリアの地下にパイプが通っていまして、そこに温水と冷水を通して、そのエリアの100棟くらいのビルの冷暖房を賄っています。
冬は木を燃やしてお湯を沸かして暖房に利用しています。木はまた植えればカーボンニュートラルになるので。
― 暖房の熱源になる木材はどこから持ってくるのでしょうか?
佐竹 建築廃材や間伐材、夏場であれば街路樹の剪定枝など、元々出てくる木材を利用しています。
― 雪をエネルギーに使うこともありますか?
佐竹 JRタワーみたいな大規模な商業施設ですと、冬でも照明や人体からの発熱で室温が上がるので、冷やすために直接外気を取り入れる「フリークーリング」というシステムを採用しています。
市民の意識改革
― 市民の意識は変わってきていますか?
佐竹 「何かやらなきゃ」と言う思いは増えていると思いますが、節電などは既にほぼほぼやられていて、それだけだと社会は変わりません。そこで、特にターゲットにしているのが、高校生や大学生など若い人たちです。彼らは、将来的にも気候変動の影響を受けるという危機感を持っていますし、学校でSDGsなどを学んでいますので、サスティナビリティに関する基本的な知識も感覚も持っています。そういう若い人たちが声を上げられる仕組みづくりやワークショップの企画、企業とのマッチングのサポートなどを行っています。
― 若い世代への「教育」もテーマになってきますか?
佐竹 いま、高校では探究学習の中で、自分たちで町の課題を見つけて、解決策を模索するという動きが増えていますし、独自の活動も増えています。例えば、藤女子高校では有志の生徒による「Blue Earth Project」という全国の女子高校生たちの環境プロジェクトに参加して活動しています。
この活動では、スキージャンプの高梨沙羅選手が立ち上げた「JUMP for The Earth PROJECT」という雪山の自然環境を守り、スノースポーツを次世代に残すプロジェクトとも連携して活動しています。
― 「個人的に取り組んでも限界がある」と思ってしまう人は多いので、仲間がいると心強いですね。
佐竹 はい。普及啓発イベントを開いて関心を高めるという段階はもう終わって、次は、人と人がちゃんと繋がることだと思っています。
あとは、正しい知識が必要だと思い、札幌では2020年に気候市民会議という会議を開きました。無作為に抽出した市民が会議に参加していただき、研究者が正しい知識を提供しつつ、気候変動対策に向けてどういう対策を取ったらいいのかを市民自身が熟議します。さらに、札幌市の気候変動対策行動計画に会議で出た意見も反映しています。
― 自分たちの意見が政策に反映されると、市民の意識も変わってくるかもしれませんね。
消費活動
― 私たち道民は、今後、どのような姿勢が求められますか?
佐竹 札幌には197万人の人口がいますが、197万人が食べるご飯やエネルギーを全部札幌で賄えるわけではなく、色々なものを消費しています。例えばお肉を買うときにアメリカ産と北海道産のお肉では、どちらにお金が流れるかを考えると、もちろん北海道に流れてくれた方がよくて、一つ一つの選択が自分の町や生活にどう影響するか考えることがとても大事です。
消費、お金を使うということは、その商品を応援していることだと僕はよく言っているのですが、アメリカの農家さんと、北海道の農家さんとどっちを応援しますか?と言い換えることができます。できれば北海道を応援してほしいですよね。地産地消は二酸化炭素削減にも繋がりますし。
― 「消費」という意味ですと、アウトドア業界にはギアやウェアーにプラスチック製のものが沢山あります。プラ製品の使用についてどう考えますか?
佐竹 そうですねプラスチックとか合成繊維とか、どうしても使わざるを得ない場合もあるかと思いますが、最終的には捨てたり、償却したりしなければよいのではないかと思います。
― 長く使う、ということですね?
佐竹 はい。プラスチック自体はすごく便利な素材なので、プラスチックを無くすという選択肢はないと思いますが、壊れたら直す、使い終わったらリサイクルして、今ある資源で循環させることが大事です。燃やして二酸化炭素を出すことが一番問題です。
― 回収するということも大切ですね。
佐竹 アウトドアの世界だと、最近、スキーも毎回レンタルすると高くなるので、シーズンレンタルが増えています。また、札幌市では、「さっぽろっ子スキーリサイクル」という、使わなくなったスキー板を下の年代に譲る取組もやっていて、出来るだけリサイクル・リユースする仕組みがうまくできるといいなと思います。
持続可能な社会とアウトドア業界
― コロナも五類に移行してたくさんの観光客が戻ってきていますが、これからの観光業をどう見ていますか?
佐竹 コロナ前ですと、「爆買い」なんて言葉もありましたが、そういう「モノ消費」から「コト消費」になっていっていると思います。昨年、北海道でATWSもありましたが、文化体験や自然体験がどんどん増えていくでしょう。
そのような中で、ただ自然を楽しんで終了、ではないツアーに期待したいです。そこに行くことによって、自然が守られるとか、地域や次世代の役に立つみたいな、そういう付加価値のあるプログラムが考えられるといいなと思っています。
― 最後に、持続可能と言う観点から、我々アウトドア業界に期待することをお聞かせください。
佐竹 自然体験は環境のことを考えるには凄くよい機会だと思いますので、森や川など自然環境が私たち地域社会とどう繋がっているのかを伝えてもらいたいです。
また、気候変動の関係で言いますと、このまま温暖化が進んでしまうとスキー場など自然を活用したサービスを行っている事業者にとって死活問題です。自然から受けている恩恵を活かして北海道の人たちは暮らし、それによって経済が回っているんだということを伝えたいなと思います。
佐竹 輝洋(さたけ あきひろ)さん
札幌市 環境局 環境都市推進部 環境政策課 環境政策担当係長
1979年宮城県出身。北海道大学理学部卒業後、2004年に札幌市入庁。
2008年より環境計画課へ配属となり、環境教育や温暖化対策等の環境政策を担当。環境省地球温暖化対策課への出向経験などを経て、2015年よりSDGsに関わり、2019年に現職。
2018年3月に策定した第2次札幌市環境基本計画へのSDGs導入や、2018年6月に札幌市を含む全国29都市が選定された「SDGs未来都市」などを担当するとともに、SDGsの普及や実践に向けた様々なセミナーや講演会等へ登壇している。
また、2019年6月1日に国内5都市目の「フェアトレードタウン」に札幌市が認定された。その推進組織である「フェアトレードタウンさっぽろ戦略会議」の監事も務める。
(編集後記)
プライベートでもキャンプをされるなどアウトドア好きな佐竹さん。長年、環境分野で働かれているので持続可能な社会の実現に向けてさまざまな視点を持たれていた。北海道の大自然をフィールドにしている私たちアウトドア業界は今後ますます気候変動の影響を受けることが予測されるなかでどんなメッセージを発信しなければいけないのか、考えさせられるインタビューとなりました。(山本)